赤甲羅な雑記

アニメ・マンガとかの記事を書く量産型無個性ブログです

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百合アニメを見ると思考強度が下がる

いやもうユーフォ2最高ですね。最高ってめっちゃ頭悪いアニメの感想ですけどもう最高って感じです。英語で言うと最 the 高でmost the highってやつですね。これ文法おかしいですね。

 

それはそれとして百合アニメを見るオタクは頭が悪いのか、それともオタクは百合アニメを見ると頭が悪くなるのか。この哲学的ともいえる命題は有史以前から問われ続けてきたというのに、この2000年の間で未だに答えが出ていません。次のミレニアム問題にしても正確な答えは出ないでないと専門家の間ではもっぱらの噂です。

しかしながら案外この命題に挑む者は多いそうです。ですが残念なことに、まともな者がこの命題に挑むと気がくるって死ぬか「こころぴょんぴょん」と言う謎のワードをきちがいのように歌ってそのまま死ぬそうです。よしんば運よく生き残ったとしても百合アニメを中毒的に摂取しなければ生きられない体になり健常者としての生活はまずまともにできないそうです。これ僕のことですかね。

そういえばとある天才がこの命題に挑んだそうですが、「宇宙の真理に到達した」と発言しそのまま行方不明になったことも有名ですね。他の天才ですが「大統一理論の完成は近い」といい数日後に死亡したもの、ある者は「生命の答えに辿り着いた」などといっていましたが真相は定かではありません。

きちがいになる者もいれば賢者のように悟った者も出てきており、ますますこの命題には謎が深まるばかりです。謎に挑む者が一向に絶えないのもこういった不可思議さがあるからなんでしょうね。

 

などとわけのわからないことを考えていたら眠くなってきました。やっぱり百合アニメは頭が悪くするみたいですね。おとなしく寝ます。

 

いやしかしそれにしても俺はそもそも頭が悪いから百合アニメを見ているのであって…いやでも頭が悪いのは百合アニメを前に見ていてたからで…いやそもそも頭が悪かったような…いやそもそも百合アニメにどんな効能があってなぜ頭を悪くするような作用が…

映画デスノート Light up the NEW world みました

ストーリーラインやお話のコンセプトそのものは言うほど酷いものではなかったと思います。ぶっちゃけほぼ必要性はありませんでしたけどポテチやメット外し、仕込み時計など原作のオマージュが多めだったのも個人的にはよかったです。原作を大事にしているというスタッフの意気込みたいなものでしょうか。まあ割と逆に雑な原作オマージュでむしろ蔑ろにしていると感じた方が大多数のような気がしなくもありませんけど。

 

登場人物が全員バカという感想をちょくちょく見かけたんでどんなもんかと思ったんですけど正直このへんは登場人物たちが決まったお話の上で取る行動に対して説得性をうまく用意できていなかったという印象を受けました。例を上げると結構キリがないくらいツッコミどころありまくりなんですけど、序盤に出てくる青井ちゃんに対するキラ対策課が目を持ってるのに凄い雑な顔の隠し方してたりして「こんなん的やんけ」とほぼすべての視聴者が思ったことでしょう。他にもサイトで逆探知して相手の居所突き止めてましたけど全世界的にセキュリティぶち破ってウィルス仕掛けられる相手に対してその対応の仕方はどうなのと思ったりもしました。視聴者的には「殺されに行ってんのかこいつら」って感じでチャットしてる竜崎はともかく誰か気づくべきだったんじゃないでしょうか。あとあんな適当なジャミング装置で監視カメラが無効化されたりしてもう自分の中では「きっと描写はされてないだけで人物は最適な行動をとっていてすげえシュールだけど使用されている技術は相当に高いレベルにあるはず…」と思わないとストーリー追っかけて見ていられない状態でした。バカというより詰めが甘すぎて雑って印象です。せめて多少無理があっても見てる観客が混乱しないように何がしかの配慮が欲しかったですね。

しかしながらストーリーそのものは個人的には嫌いではありませんでした。原作にある6冊のノートのルールから着想を得たストーリー構成でデスノートを6冊封印しキラ犯罪を完全に消滅させるというのは結構筋が通っていて10年目には相応しいんじゃないかなと思います。まあそのせいで2冊ほど外国に落ちていつの間にか殺されてた外国人がいましたが。少しくらい物語に絡めてもよかったのでは…。

あと三島が実は黒幕の新キラでしたが夜神月がやられたノートへあらかじめ名前を書かれることで裏を突かれることへの対策をとして「相手が書く前にこちらが書いて利用してしまえ」というのは以前のLを越えるために考え出した戦法であったと考えると中々の新キラっぷりじゃないかと思います。まあ名前が分かった時点で殺さない時点で大分バカなんじゃないかと思いますがキラがLを超えるといった意味合いを考えると個人的にはこの殺し方は結構好きですね。またLですがノートに操られて利用されていてもキラの正体を暴きだすというのも流石新Lという感じでした。終盤での新キラVS新Lの戦いは割と以前の劇場版を踏襲していたり記憶を消すなど原作での要素も入っていたりしてこの辺の攻防は結構好きですね。

また終盤で三島と竜崎での新たな信頼関係が構築され、キラが次のLとなる展開となりました。これはキラVSLの戦いを終わらすにはキラとL両方の資質を持つものがLとなる必要性があるということでしょう。しかしながらこれはキラがLにもなるということで新井Lとしても諸刃の剣ともなり得る選択であったとも思いますが、三島の研究ノートを見たり劇中での活躍などデスノートがなければ信用に足る人物だとの評価からでしょう。結構納得はいかない部分はありますがつまるところ「光と闇が両方備わり最強に見える、暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死ぬ」ということでしょう(適当)。一時、本当に頭がおかしくなってましたが光の側面を得たことで最強になったんでしょう。 

まあ中々に雑というかおざなりな部分があったもののストーリーの着地点としては面白いものとなったと思います。まあ着地するまでにミスの連発で評価どころじゃないみたいなことにもなっていますが個人的には終わりよければすべてよしみたいなところあるんで個人的には満足ですね。

あと最後にライトくんが「計画通りだ」とか名言言っちゃってますが暗黒が持つと頭がおかしくなって死ぬことはブロントさんが証明してるんでおそらく計画通りにはならないと思います(多分)。冗談はさておいても新たなキラVSLの戦いを経て生み出されたキラとLのハイブリッドがもたらすのはキラ事件の終焉かはてまた殺戮による新世界か…照らし出される新世界がどうなるのか、次回作がなくとも期待したいですね。

ラノベ作法研究所をすこし読んでの備忘録

面白いサイトです。昔からあったサイトですが改めて読んでみると色々と発見があり面白いです。ライトノベルの技術的な話から一般的な文章技術まで幅広いテクニックを網羅していてまるで一つの技術書の様です。いやはや昔の自分はなんでこんな有用なサイトを斜め読みして「なーんだよくいるワナビが集まって書いてるだけのサイトやんけw」とか思っていたんでしょうか。今思うと割と結構恥ずかしくなってきました。現在でもそれなりに更新頻度があるサイトなので実績というかかなり信念を持っている方が運営してらっしゃるのでしょう。それぞれの記事からにじみ出ている論理性の高さからもそれは伺えると思います。

 

歴史が中々にあるサイトなので全部読んでるわけではないですか個人的に気になったことをちょっとメモがてらにまとめておこうと思います。今後文章を書くときの手助けにもなると思うので。あとラノベ技術というか創作技術全般はアニメとかの記事を書く際に割と有用な気もします。

 

・ストーリーやキャラクターについての記事はかなり作品構造を見ており、流れに沿った作品理解の手助けになる。またライトノベルがメインであるがそもそも物語というものに対して非常にシンプルな解釈をしており、原典となる童話や民謡などからの引用も多く説得力がある。

・文章技術に関しては一般文書でも使用可能なテクニックが満載、ラノベに限らずどこでも使える技術であると感じた。てにおはの記事、文章を短く書く記事などは特にその例にあたる。

 

とりあえずメモ程度なのでこの二つですかね。ぱっと見の感想だと全体的にシンプルなモノの見方をしていると感じました。作品を作るために過去の傑作をかなり細かく切り分けて分析する努力、つまり単純化する努力を相当数こなしてきており職人気質な雰囲気がひしひしと伝わってきました。ただ、少しシンプルに考えすぎて少し穿ってるんじゃないのこれみたいな記事も散見されました。しかしながら「頭が良い作者ならこの程度気づいているだろう、おそらくは一つの記事の説得性やわかりやすさを優先させたに違いない」と思わせるほどの文章力でもありました。

有用なサイトなので良い文章が書けなかったり、どうすれば論理立ててかけるか迷ったときなど今後も覗いて活用していきたいですね。

 

www.raitonoveru.jp

ハイキューが毎週名シーンしかなくて困る

ハイキューほんと面白いですね。面白すぎてアニメの1期と2期を一気に見切るくらいには面白いです。

キャラの個性が多様でキャラ同士の関係性とか見ててもオモシロいですよね。また数話で退場するモブにすらきちんとしたストーリーを用意していたり、全然本筋と関係ない話でも一つの話としてまとめ上げていたりなど、それぞれの挫折や成功などの経験を描くことによりほぼすべてのキャラに息遣いを感じさせるような配慮がなされているのは恐ろしいまでの徹底ぶりです。キャラクターの引き立て方や成長のさせ方、関係性の作り方などキャラクター造形に関する技術や情熱の注ぎ方は現在のジャンプ作品では随一といってもいいレベルではないでしょうか。

またスポーツ漫画として破綻することがないのもすごいですね。疑似能力バトルになりがちなスポーツ漫画ですがこの漫画は全然そんなことがないです。これはバレーボールがスポーツとしてかなり高度な戦略や技術、また心理的駆け引きを必要とすることから推理モノもしくは頭脳バトルモノのような要素を持つスポーツ漫画として描写をしているのからかもしれません。あまりインフレなどが発生せず春高前に身につけたマイナステンポやシンクロなどの技が現在でも一線級の選択肢または戦力であるのもこの辺が利いている気がします。スポーツを論理的に組み立ててあるのは元バレー経験者らしいですね。おそらくかなり青春を捧げたことが伺えますし実際に経験したからこそそのスポーツのオモシロさを理解し、その魅力を余すことなく描いていますね。

あと魅力を引き立てるために随所において様々な形で言葉が用いられますがこれもまた素晴らしいですね。キャラの引き立て、バレーにおける哲学、スポーツに対する姿勢や他にも決意や煽りなど様々な形で用いられますがどれも選びに選び抜かれた言葉たちで非常に説得力と力を持つ言葉ばかりで惚れ惚れします。作者の言葉を選ぶをセンスが非常に優れているのは言うまでもありませんね。また言葉を使わない無言のコマなども多く、語らずして語るといったようなシーンも多く見られこういったところでも作者のセンスを感じざるを得ません。

 

そんなこんなで作者のセンスや哲学また漫画を描くまでの生い立ちも相まってこの漫画ハイキュー、毎週名シーン&名言しかなくて困ります。アニメでは現在白鳥沢戦で結果も実際わかっちゃいるんですがいつも見入ってしまうんですよね。やっぱり勝敗如何ではなくキャラクターの感情の機微や動き、バレーの戦略性の高さなどこの漫画の面白さが勝利敗北だけではない所に面白さを持っているからなんでしょうね。おかげで1期2期も2回目でしたが普通に一気見してしまいました。IG許さんぞ。

 

そんなこんなで今回はハイキューに関して思ったことでした。自分もアレくらい言葉を選ぶセンスが欲しいなあ…

お金を稼ぐってよく考えなくても難しい

お金を稼ぐ方法についてちょっと考えていたんですけどやっぱりお金を稼ぐって簡単じゃありませんね。ビジネスチャンスってのはどこにでも転がってるとは言いますが実際のところその辺に転がってる石ころのどれが売れるかなんてのは全く分からないわけで実際転がってないようなものです。

よくアフィで月収何十万とか見ますけど実際あんなの実際にやろうとしたら不可能極まりないと思います。というかアフィで儲けたやつがアフィの広告打ってまた儲けてそれを見たアフィ乞食がまたアフィを始めて無限ループするあたりになんだか質の悪いねずみ講みたいなアレを感じます。実践知識とか銘打って書いてあっても基本的にどこも同じようなことばっか書いてあるし記事のジャンルとかネタとかも同じようなものばっかでマジでねずみ講なんじゃないかと疑ってしまいます…。とはいえアフィリエイトは純然たる広告業つまるところ商品営業としての側面をもちろん持つので全然そんなことはないんですけどね。言って見れば新聞やテレビと仕組みや性質は同じようなものです最近だと話題のyoutuberとかも同じようなものですね。しかしながらみんなで広げようアフィブログの輪を見てるとついつい勘ぐってしまうのは私だけでしょうか。

そうそうお金を稼ぐ話でしたね。お金というのは起源を遡れば物々交換をより円滑にするために生まれたものというのは皆さんご承知ですよね。つまるところお金というのは元々はそれ自体には本質的な価値はなく、あくまでモノとモノを交換できるから価値があるともいえます。普段の生活からだとマネーイズパワーな資本主義社会で生きているのであんまし意識しませんが実際お金そのものに価値ってそれほどないですよね。ぶっちゃけ最近ビットコインなどの仮想通貨の話題でよく言われていることなので特にどや顔で言うことでもないんですが。

とどのつまりお金を稼ぐというのは単純に行っちゃえばつまりモノをつくるということですね。現代においては社会が高度に複雑化もしくは構造化したためにサービスや実態が見えない情報などもモノの一つでありモノの定義が非常に多様化しており一概にモノといってももうよくわかんないようなカタチになっちゃっているようにも思えます。

そんな中でお金を稼ごうと思うとまず何を作るかですが会社などの組織に属さず個人でやるとなると基本的にさほど手間のかからない小規模なモノに限定されると思います。また採算を考えると社会において十分なモノとしての価値を提供する必要もあるのでそれなりにインパクトを持つものをつくらなければなりません。

この時点でだいぶ難しい気がしてきました。もちろんアイデア次第ではいくらでもやりようはあるとは思いますがやはり個人で稼ぐのって基本的には才能みたいですね。もちろん才能は時間をかけて磨いてこそのものですのでそれで金を稼いでる人にどうこう言う権利はないのですしそもそも真っ当な対価を得ているだけですね。やはりスキルって大事ですね。

 

なんにしてもお金を稼ぐには少なからず労力がかかるということですかね。なんともありきたりな結論で非常に申し訳ないですがぐるぐる考えをめぐらせていても足りない頭ではこれが限界みたいですね。もうちょっと勉強してからまた考えたいと思います。あとあんまり広範に考えるより範囲を絞るほうがよさそうですねビジネスでもターゲットの設定をしてから商売を始めるそうですし具体性のある方が説得力も増す気がします。

まあだらだら書いてても仕方ないのでこれで終わりましょう…。次はもうちょっときちんと構成した文章が書けるといいな…。

ちーさまはFUCKIN' YESかわいい

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可愛いは正義であると昔の偉い人は言いました。しかし正義というのは人によって在り様が様々です。つまりそれは可愛さも人によって在り方が様々であるということです。

そして正義というものはもっぱらフィクションにおいては主人公つまりヒーローが持つ属性です。それはアンチヒーローもまたしかりで同様の正義の要素を持ちます。この辺は海外のアンチヒーロー分類とかが面白いですね。まあつまるところ正義というのは描き方によって如何様にもなるものであり一般的なカタチや概念はもちろん存在していますがそれは一つの側面でしかないということですね。

ここで可愛い=正義であるならばつまり可愛さというモノにも同様の事柄が適合できるでしょう。ここで可愛さも共通認識を持つものでありその在り方は様々であるということが証明されました。

 

まあなんでこんなこと言い出したかっていうと何に萌えを感じるかは人それぞれでかっこよさとかとそれは同じだよねってことが言いたかったわけです。俺がちーさま可愛いって言ったら友人にただのまーん腹パン女やんけとかディスられたからではないのです。決してそんなことはないのです。

 

正義が長い時をかけて多様化した様に萌え要素も多様化したのは周知でもあるのですがなかなかどうして近年のフィクションことアニメ作品においてはわかりやすいヒーロー像でないと叩かれるようにも思います。萌えキャラにもそれが適合されてるような感じを受けました。安易というか求められているヒーローもしくは萌えキャラ像からあまりにも乖離しすぎていると違和感を覚えるのはどちらにしても仕方のないことなのかもしれません。しかしながらそういったキャラクターでなければ描けない事柄や魅力というのは確実に存在しておりそれは安定を求めるための安易なディスによって否定されるべきではなく、物語の多様さといった面からではむしろ奨励されるべき事柄だと私は思っています。

まあ安定を求めるのは日本人らしい価値観であり、様式やテンプレートに沿った考え方が一般化してしまうのは仕方のないことかもしれませんし安易にイロモノにすればいいという話でもないのでやっぱりこの辺はさじかげんが難しいのかもしれませんね。

 

そんなこんなで結局まあ言いたかったことはクズ可愛いでもいいじゃない。ちーさまよっしゃキタオラFUCKIN' YES可愛いという題名同様の結論に帰結するわけです。烏丸千歳ちゃんやっぱいいよね。

いま見てるアニメについてすこしメモとオカルティックナインをちょっと

今期言うほど見てるアニメ少ないことに気付きました。まあリアルがちょっとあんまり芳しい状況じゃないので少し本数絞ってるってのもあるんですが。

とりま何見てるかちょっとメモがてら書こうと思います

オカルティックナイン

亜人

・鉄オル

舟を編む

・ハイキュー

3月のライオン

ウィクロス

ユーフォニアム2

・刀剣花丸

・ガーリッシュナンバー

こんなところでしょうかジョジョとかはまあ見てますが前期のものなので割愛

なんだかんだ10個は見てました。いうほど見てないわけでもないですがオタク的にはアウトな感じですね。あんましディープなの見てないのはちょっとアレでにわかなラインナップな感じを受けますがまあこんなものでしょう。

あんまし書いてはいないんですが前に書いたもの以外だとオカルティックナインとハイキューが気になる感じですね。特にオカルティックナインは科学ADVシリーズではないみたいですがロゴマークの意匠やオカルトと科学といったテーマ性、あと主人公がなにがしかのオタクであることからおそらくは科学ADVと同質な作品と見ていいでしょう。ロゴマークの英文ですが「There are no such as occult. It can be disproved all by science. only the ones who have accepted everything, can get the right to know the truth.」でまたなんともですね。オカルトを科学で否定しつつも受け入れるもののみが真実に到達できるといったような意味合いでしょうか。原作小説は読んだことないのであまり詳しくはないですが、英文を見たところによると作中で登場した教授の意見と被るので気になるところではありますね。見た目かなり超能力を持った人間がいるのでそれらがどう科学するのかは今後の注目ポイントですね。

あとこの作品って独特のハイスピード感ありますよね。情報を詰めに詰め込んで会話劇として成立させてるあたりに監督ならびに脚本演出には相当の苦労があるように思えますねシーンとシーンのつなぎがほぼシームレスなのに映像としてすっごく自然なのほんとすごいですよね…。

監督は四月は君の嘘イシグロキョウヘイ監督だそうですが3回目の監督作品とは思えないクオリティというか淀みの無さで今後の可能性を感じます。この監督がオリジナル作品をいつか作るならぜひ見てみたいですね。

 

今日のところはこんな感じでしょうか。原作知らないのにアニメだけで作品語っちゃうタイプのオタク奴~~~って感じの記事でした。