赤甲羅な雑記

アニメ・マンガとかの記事を書く量産型無個性ブログです

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FGOに見るリアルタイム性について

 ロバート・ヘリックの詩を引用するのであれば、ここは「時のある間に薔薇を摘め」ということが教訓になるのかと思います。すいません嘘つきました。どうみてもエミヤアサシンの宝具名です。本当にすみません。

(ちなみに弊カルデアのエミアサは宝具4で聖杯ぶち込みのLV90のスキルマです。使ってる時はだいたいキリツグはとーってもつよいんだから!って言ってます。また赤茶の方もほぼ同じ育成度合いになってます)

 

それはそれとして、二周年おめでとうございます。FGOフェスの方はニコ生で結構見てたんですけどすごい盛り上がりですね。二日目で島崎信長くんが高校の文化祭ばりに「今日は…盛り上がっていこうぜええぇッ!」って言ってたのがスゴイ印象的で、はえーすっごいライブ感…って思いながら見てました。フェスってすごい。行ってたら絶対死ぬほど歓喜してたと思う。

しかしながらこのライブ感に浸るのもなにかしら麻薬のようなものではないのかとも思う今日この頃です。最初の方に書いたロバート・ヘリックの詩とかを引用したのもそんなことを思ったからで、「やっぱカルペディエムも大事だけどメメント・モリも大事だよなあ」とか考えていたわけです。(決してエミアサのことだけ考えていたわけじゃないのですよ?)

そんなことをぼけーっと頭のなかに浮かべながら、奈須きのこ氏のスパロボ関連のインタ記事が電ファミニコゲーマーさんに掲載されて、僕はちょっとそれを読んでいました。その記事の中身にですが「FGOではリアルタイム性を重視している」ということを記述した箇所があったんですよね。

フェスでの盛り上がりを見ても、あーやっぱりお客さんがそういうモノを求めているんだなーってのは思いましたし、提供側もかなりそういった要素を重視しているんだなというのはここでなんとなく汲み取れました。そもそものFGOの成り立ちからしてライブ感からここまで継続、このゲーム自体がライブ感の産物であるという事実も相まってこのゲームかなりライブライブしてんなというのもあります。言っちゃえばかなり行き当たりばったりです。まあぶっちゃけて言うと「そうだね、いつものきのこだね」ってことなんですけど。

といってもこの行き当たりばったり感が次に何をやらかしてくるかわからない期待にもつながるわけで、なにも悪いことばかりではないのも確かです。僕が言いたいのはリアルタイム性に溺れてそれだけが全てのように認識してしまうのはよくないことだ、ということであって全てを否定したいわけではないのです。

娯楽というのは基本的に一過性のものです。であればそこに資産や資本…この場合は時間なども含みますがそれを投入して得られるリターンというのも所詮は一過性です。投入する量が大量であってもそれは変わりません。

某SACでも娯楽というのはどんなものでも一過性でありまたそうあるべきである、てなことを言っていたようなような気がしますのでこれはこれで健全であるようにも思えますがやっぱり投入量は抑えておくべきです。一過性のものはあくまで一過性、そういう意識を常に念頭に置いておくべきなのです。なにが言いたいかって言うとみんな!ガチャは控えろよ!ってことですね。

 

まあリアルタイム性っても全てが悪じゃねーしそれがなきゃやってられんこともあるやろ〜っていうのが僕としての意見ですかね。なんだかまとまんないですけど最後に旧約聖書のコヘレトの言葉…伝道者またの名を魔術王ソロモンからの引用からでまとめたいと思います。

 さあ、喜んであなたのパンを食べ、しあわせな心でぶどう酒を飲め。

神はすでに、あなたがそうするのを喜んでおられるのだから。

いつも、真っ白な衣を着て、頭には香油を絶やすな’(伝道者の書9:7-8) 

 

ガンスリとかでもコヘレトの引用あったなあ…それにしてもソロモンって今を生きるの典型みたいなやつだな…生前は主への信仰も深かったろうけどロマンって言うだけあって受肉したあとは自分の著した本通りの常に浪漫を追い求める人物になったのかしら…

「異世界はスマートフォンと共に」がストレスフリーすぎてストレスフルな話

別に俺TUEEEが嫌いって話じゃないんだけど、見ていてすごく違和感があるアニメというのが第一印象です。よくいえば平凡、悪い言っちゃえば面白みに欠ける、テンプレ過ぎて面白いという感性もなくもない。ですがそれでも腑に落ちない何かがあります。

 

タイトルにも書いて在るんですがこのアニメ兎にも角にもストレスフリーなんですよね。ストレスフリーな作品ってのは別段嫌いじゃないですし、オタクはごちうさが大好きですのでストレスフリーなこと、それ自体にはなんにも問題はないんです。むしろそんなことより早くごちうさ3期やってくれって思う。こんなこと思ってたらのんのんびよりも早くしてほしいし、よつばと!の新刊も欲しくなってきた。日常系作品供給不足過ぎだろ。角川あたりはちゃんと仕事して欲しい。でもオタクがアイアムアボーンオブオタークっつってUnlimited Demand Worksしてるのでいつまでたっても供給不足が是正されないだけな気もする。

 

話がクソそれたんですけど、結局はこのアニメって突き詰めてしまえば「日常系」にカテゴライズされてしまうと思うんですよね。そうでもなくとも、作品の作り方というか読者層視聴者層に対する作品作りの仕方というのはまるっきり同じな感じがします。

当然、意見として「ここは二次元だ。三次元じゃない。見ていて不快なもんなんて誰が見るかよ」と思うのは至極当然です。まあ正直三次元でも色々なことから目をそらしているってのに、二次元で直視できる道理はないですね。

 

でも日常系もしくはそれらの「優しい世界」が何故許されるのかっていうのはそれが非常に限られた世界だからってのがあるんですよね。オタク的で閉鎖的で箱庭的な世界。言ってしまえば自分の周りだけの小さな問題を解決していき、その中で優しさに満ち溢れた世界。現実で言うところの家族愛に近い優しさを描いていて、それ故に許されるし見ていて安心感を覚える。

しかしながら、最近の作品…今回で言えばイセスマだったり所謂異世界チーレムと呼ばれる作品群ですけども、これらの作品はファンタジー世界であり、人が死んだり戦争があったり解明できない謎があったりなど、その世界においての大きな問題があります。これらの諸問題って言うのは個人の力なんていうのは無力ですし、仮に解決するのだとしてもなにがしかの痛みや苦しみだったり高い技能が求められます。

それでなにが問題かって話なんですけども、問題はこれを解決しちゃうんですよね。転生ボーナスとか転生特典とか色々ありますけど、そういったなんか最初から持ってるスゴイ力みたいなもので。

これのどこか歪なんだろうなって思うとまあぶっちゃけ言うまでもない感はありますけど、現実と似たような問題を扱っているのにも関わらずそれすらもファンタジーとしてしまっている、という所になるのかなと思います。現実の努力をある種踏みにじっていると言い換えても良いかもしれません。もちろん強力な力を持っていても多少の努力はしています。でも大事なのは力を入手した後のそこではなく弱者が強大な力を手に入れるまでの納得の行くプロセスが重要だと私は思います。少なくとも神様から与えられたじゃ僕は納得できません。

 

とまあ長々と書いたけどこんなもんでしょうか。僕がそれなりにはストレスフルになっていることがお分かりいただけたとは思います。あとなんだか書いてて疲れましたので適当に〆ました。ぶっちゃけ作品の文句ばっか垂れててもしょうがないし、小説家になろうのアニメ化作品ということで新時代の物語というのはこういうものだ、という風に自己認識を改めなければいけないのかなあとかも思ったりもしてます。

 

(でもなあ…某有能ジャンプ編集長とか友情・才能・勝利っつって努力ガン否定だし、でもそれでヒット飛ばしてるしこういうのがある種の正解なのかもなあ…大事なのはキャラとドラマ性(それと設定)らしいんだけど、これは単純にそういう要素が不足してるだけのような気もするんだよなあ…映像でのゴマカシもないからシナリオの粗も余計目立つしうーん…)

(まあこういうアニメが作れるってのはまだまだ業界元気だなとも思うし、多分円盤とかは爆死するだろうけど、最近は制作費回収が多様化してるしなんとかなるんじゃねーかとも思ったり、なにが言いたいかって言うとイセスマも割りと捨てたもんじゃねーなってこと)

虐殺器官を再読した話でクラヴィスと伊藤計劃氏は似てるなと思ったこと

BD&DVD発売決定だそうですね。映画ぶっちゃけ最高だったんで早いところ発売してほしいものです。

 

そんなわけで3回くらい読み返した気がするんですが、内容がやっとのことわかりかけてきました。正直言って最初読んだときとかなんじゃこのオチはー!とか思ってたりもしたんですが、映画も見て読み返しもして内容がやっとこさ嚙み砕けてきたといったところです。自分の読解力がなさに死にたくなりますね。

それで再読して一番思ったことなんですが、クラヴィス・シェパードというやつはなんと不謹慎なやつなんだ、ということです。本書は読んだことのある人ならわかると思うんですが、これは主人公であるクラヴィス・シェパードの一人称で進むお話です。だいたいはモノローグです。モノローグなんですが、こいつときたら周りは真剣に特殊任務に取り組んでいるのに僕のお母さんがどうのこうのだのっていつも感傷に浸っているし(まあ彼にとっては任務はゲーム感覚だったしうーん)、スパイとして潜入してる時は考えなくてもいいルツィアの裏事情を心中で垂れ流し取るし(ファムファタールだししゃーない気もする)、挙句の果てには割と危機的状況でなのに同僚の肩が吹っ飛んでいるのにちょっと面白いwwwとかのたまっています(これもゲーム感覚だったから?)。正直言ってなんだこいつ…って感じです。テイルズ風に言うなら理解できん…こやつ消えよ!って感じかもしれません。ネットではマザコンとはよく言われていますが、正直もっとおぞましいなんかなんじゃなかろうかって思ったのが僕の思うところです。

しかしながら伊藤計劃氏の性格を考えると彼というキャラもあながち不思議ではないような気もしました。評論集とかあんまし見ていないのでそこまで確証を持って言えるわけではないのですが、彼は真面目でありながらもかなり人を食った人物というのをよく目にします。実際、その手のエピソードには割と事欠かなく、死者の帝国で自分がマジで死にそうなのに「僕はそろそろ死にそうだけど次に書く話は死人が動く話なんだHAHAHA」とか言ってる時点でどういう人物かは割とお察しです(なんかのインタで円城氏も計劃さんは変わった人とか言ってた気がする)。虐殺器官でもジョンポールに好きとか嫌いとか~でときメモネタをあんなシーンにブッこんできたり、その他のパロディの仕方をみてもかなり人をおちょくったようなやり方だったりします。

そうみるとクラヴィスシェパードというのはある種、計劃自身を投影した姿だったのかなと思います。徹底的にシリアスを突き詰めながらもどこか喜劇的でシュールでないと気が済まないという性格、とでも言えばいいのでしょうか。おそらくですが徹底的過ぎるが故の反動みたいなもんな気がします。そもそもにしたって今では夭折の作家と持てはやされている伊藤氏だって元々は一介のMGSオタクでしかないし、クラヴィスも特殊部隊の隊員っても私生活は友達と家でピザ食ってビール飲んでるだけですし両者のボンクラ度合いにも大した違いがなかったりもします。

伊藤氏がボンクラとしてクラヴィスをデザインしてるのは自分に似たキャラクターだからなのかもしれんなあ…と思うと自分としてはクラヴィスを理解できたり理解できなかったり。クラヴィスは大噓つきとも言っているのでもしかしたら伊藤氏も大変な嘘つきなのかもしれません。

 

それはそうと虐殺器官のエピローグの嘘なんですが、映画版ってこれのアンサーとかなんじゃないでしょうか。「実はクラヴィスが延々と考えてた死者の国とかは全部嘘でした」みたいな、それであの辺の描写がまるっとカットされてるとか。アンサーの仕方としてはちょっと無茶があるかもしれませんが映画としてはまとまりがいいし、これってなかなか良い考えなんじゃないでしょーか???。んなわけねーだろバーカ文盲乙って言われるかもしれませんがこう考えてると中々楽しいので僕としてはこの線を推していきたいと思います。どうせ藪の中だし信じたものが正解です。人は見たいものしか見ないのです。それで平和が保たれるのです。

 

そんなわけでおわり。あととりあえず色々と本読まなきゃなあとは思いました丸。フーコーとかチョムスキー読んだ方がいいのかな…言語のアレコレ気になるし。でもああいう本ってたけえんだよなあ…うーん悩ましい。図書館とか使うか。

アニマックスでブラック★ロックシューターを再視聴した話

大して考えてはいないです。

 

最近アニマックスで再放送していたんですけどこのアニメ今見るとすげー村上春樹チックなアニメですね。放送当時から少女たちのメタファーとしてBRS達が戦っているってのは認識していて、すげー面白いなって思っていたんですけど再視聴して思ったのはこれまんま村上春樹的手法じゃねーかってことです。

 

まあそもそも、こういうメタ的世界と現実世界の境界が曖昧なアニメって割りと多いんですけどね。最近だと神山健治監督の「ひるね姫」とかでしょうか。古いアニメだったりすると今敏監督作品とか、今をときめく新海誠監督作品とかですね。変わり種で灰羽連盟とかもあるかもしれません。

 

ブラック★ロックシューターもこれら名作アニメの原典を踏襲しつつ、それでいて深夜アニメの文法であるバトル要素だったり時代を先取りした今流行りのクソレズ(ヤンレズ?)要素を内包というより組み合わせており、今から見てもこれって結構斬新だなーって思います。ヤンレズとかまどマギなかったら絶対流行ってなかった気がする。

ただ惜しむらくは高尚というかこの手の作品に対する文法を当時のターゲットメイン層であるニコニコ動画の方々が認識してなかったんじゃないかなーと思います。そもそもアニメファンも結構なオタクでもないとこういうメタ要素を知らない(というかそこまで興味を持っていない?)ですし、作品としては面白くとも完全にターゲット層に対してアニメの内容がミスマッチしているんですよね。当時からわけわからんって感想も目立っていたし、この手の作品に対してのそもそも免疫不足だったorあまり触れたことがなかったというのがこういう感想が散見される原因だったんじゃないのかなーって今だと思います。

 

そんなわけで割りと低評価が目立っているBRSですが、アニマックスで再放送されるくらいですし内容的にはめちゃくちゃ面白いです。さっきも書いたんですがクソレズ要素は今でもトレンドですのでつまり時代を先取りしたアニメでもあるので古臭さはあんまり感じないと思います。

あとメタ的世界の描写は今石監督のグレンラガンばりのゴリゴリアクションですのでBS11の再放送で興味持った方いたら見てみると良いかもしれません。

 

思ったよりも長くなったし、普通に内容勧めてしまったけどまあこんな感じです。はい。

「君の名は。」を見て、新海誠の初恋へのこだわりとその否定

新海誠という監督は「初恋」にこだわりのある監督だなあ、と僕は思う。この点で言えば代表作である「秒速5センチメートル」が良い好例だろう。なにしろ初恋に十年近く囚われ続ける話だ、こんな話が描けるのにこだわりがないわけがない。「ほしのこえ」、「雲のむこう、約束の場所」など他の作品でもそれはピックアップされていてこの点に関して言えばどの作品もそれは共通してる要素に思う。

それならば最新作たる「君の名は。」も当然のように初恋の話じゃないか、と思ったがよくよく考えてみると奥寺先輩との恋愛があるではないかと、僕は気づいた。まあ時系列的に考えれば瀧くんが中学の頃にもう三葉とは出会っているわけだからそういう点では少し弱いかもしれないが、その点はいい。運命はその頃に結ばれていたとしても、瀧くん自体の初恋は奥寺先輩なのはほぼ確実であろう。

問題はこの初恋の劇中での扱いである。いい加減といえばそうでもなく、かといって突っ込んでいるかといえばそうでもない。従来作ではあれほど拘っていた要素にもかかわらずだ。

無意識的なものかもしれないが、それであるならば僕はこれはとんでもない成長だと思う。何しろ今まであれほどまでに拘ってきた要素を惜しげもなく捨てているのだ。これが成長でなくてなんというんだろう。

そしてこの初恋の顛末といえば、「きみもいつか幸せになりなよ」と奥寺先輩が言い、この初恋は幕を閉じる。僕はこの流れを見て思ったのが「秒速5センチメートル」での明里のことを思い出した。秒速は全編を通して初恋(と彼らの距離)を巡るお話だ。このお話の結末は「あなたは大丈夫」という明里の言葉(とタカキ自身の手紙)によって10年越しの初恋に終止符が打たれるお話だ。

両者に共通する点としては、相手からの信頼がある上で別れを告げられる、という点にあると思う。まあ初恋としてはかなり上々な終わり方なのでは無いのかと思うし、実際秒速ではそれが主軸に据えられてオチに感動した覚えがあるのでこれ自体は良いものなのだろう。(それはそうと奥寺先輩、司と付き合って結婚したとかNTRってレベルじゃねえぞ内定自慢もしとるし瀧くんの心境的に可哀想すぎだろやはりノッブは悪い文明)

そう思うと、「君の名は。」と言うものは「秒速5センチメートル」の先を描いているといっても良いような気もする。何しろ初恋の終わりの後に運命の出会いが待ち受けているのである。これは秒速5センチメートルでは描かれなかった先の未来といっても過言ではないし、それどころか新海氏の今までの作品では見られなかった光景だ。

 

私見だが、今までの新海氏には初恋=運命というような固定観念があったようにも思う。従来作ではいかにそれを乗り越えようかと腐心していたようにも思えるが、本作では完全に別個に分けて考えられている。私はここに新海氏の新境地があり、川村氏が小説版のあとがきで書いていたような「新海誠の最高傑作」というのが成立した理由なのではないかと思う。ラストの階段のすれ違うシーンなど、秒速を明らかに意識しているがそれとは全く異なる終わり方を示しており、本作が従来作の焼き増しなどではない真の新作であることが最もよく表されていると思う。

 

長くなったが、話のオチとしては表題通り、「君の名は。」は新海誠にとっての初恋の否定、または運命と初恋の分離というのが筆者としての意見だ。長々となったが一行で書けば割としょーもないことである。こんなに長く書く必要あったんだろうか。

実際この考察が当たっているかもわからないし、書いてる自分もなんかおかしくねえかって思いつつ書いてるのでそこはご愛嬌、だいたい考察なんてほとんどがそれっぽいだけで大概のものは的はずれである。世の中、ナントカ考察本とか溢れてるけどアレで予想したことが当たったためしって在るんだろうか(1割位は当たってる気がしないでもないが)。

 

まあなにはともあれ、「君の名は。」は7月26日にはBD&DVDがリリースされる運びとなっている。これから作品を再視聴する人も多いだろうし、そう思って適当な考察記事でも書いておけば(特に意味もないけど)アクセス稼げねーかなと思いながら本記事を書いている。読んでくれた人に少しでも刺激になってくれれば幸いである。

 

(それはそうと最近ブギーポップにハマってるんですけど完全に文体に影響出てますね。こんな文章書く予定ではなかったんだけどなんでこうなったんだろう…)

(まあいいじゃん。とはいわないからな)

2017年春アニメで見てたものの感想とか

ざっくり感想記です。毒にも薬にもなりませんが、とりあえず何かしらのカタチでアウトプットはしようかなと言うくらいの意気込みです。

 

ID-0

ゴロー・タニグチ節が相変わらず炸裂していたと思います。主題歌が最高でした。

 

アリスと蔵六

途中で見なくなったけど結構気になっているので、そのうち見ようかと思う。おっさんとロリの組み合わせはソルティレイを思い出す。

 

有頂天家族2

3期早くしてくれというより、もはや3期の原作が早く読みたいといったレベル。今期はP.A.WORKSが頑張っている気がする。

 

エロマンガ先生

妹が可愛いこと以外を考えなければ文句無しで今期ナンバーワンだった。巷では俺妹の桐乃から問題要素を全て排除した理想形と言われてるけど、全くもってその通りで、その上クリエイターものとしてもしっかり成立していたのは素晴らしかった。2期が待たれる。

 

・冴えカノ♭

丸戸史明は天才かよって毎週のように言ってた。クリエイターものとしては上記のエロマンガ先生よりかなり踏み込んでいて上質、またヒロインである加藤恵の魅力がより強調されていて、脚本兼原作者のシナリオライターのパワーがこれでもかと伝わるアニメだった。

ノイタミナとハーレムラノベという一見というか今までも異色な組み合わせだったけど、2期では本作がノイタミナたる理由と面白さが提示されたと思う。ただただ素晴らしかった。

 

サクラクエスト

働く女の子シリーズその3。どんなもんかと思ったけどまあまあよろしいんじゃないかと、といった感じ。高校生を描いた花咲くいろはと社会人を描いたSHIROBAKOで、その中間である大学生もしくは就活生を描いたのがサクラクエストなのだろうか。そう思うと働くと言ったテーマは同じでも過去作とは明確な違いや差異を認識した上で描いているような気もする。

まあ今作ではどっちかというと行き場のない人というのがメインか。なにがしかの孤独を抱えている人物が多いし、過去作比べるとメインがかなりアウトローぎみな気がする。

輝きを見つける、働く意味を見つける。今作がなにを見つける物語なのかはまだ分からないが期待してみていきたい。

 

進撃の巨人S2

原作通り。というより最新刊の内容にすごく突っ込んでて、ええんか?これ?って思うような描写も多々あったが、裏方の事情なり設定なりを知った上で見るとかなりわかりやすくなっているように感じた。

実際このへん読んでて「なんだか描写がよく分からんし正直言っておもしろくねーな、考察漫画乙」みたいに漫画を読んでる時に(ちょっとだけ)思ってたのだが、アニメで見ると全く印象が違った。マンガの方もおそらく読み返して理解してから面白さがわかってくる構造だったのだのだろう。手のひらを完全に裏返しているが諫山創先生の演出やストーリーテリングの妙には脱帽せざるを得なかった。3期が待ち遠しい。

 

正解するカド

野崎まど先生なにやってんすかとラノベもしくはSFファンはみんなが思ったことだろう。俺もそう思う。

ハードSF的な要素とライトノベル的な要素をうまいこと融合し、そこに野崎まど特有の不条理要素をちょっと足してアニメに昇華したのは非常に良かった。作風から言ってアニメとかまるで向いてなさそうだったのに、アニメという媒体に器用に合わせてきたのは正直言って驚いた。

今後もアニメで活躍するかどうかはわからないが、氏の新たな一面というより可能性を感じさせる作品であったのは間違いないと思う。試金石的な要素も強かったが今後もアニメで作品を作って欲しいと思うような作品であった。

 

ベルセルク二期

まあなんでしょう。原作知ってるしだらっだらと見ていたような気がしてさほど見ていないような気がします。それでも長らく映像化されなかった本編をやったのは意義深いのかなとも思いますが、やっぱり三浦建太郎の画は漫画じゃねーとなあって毎週思ってました。

あっでも9mmと平沢進は最高でした。

 

Re:CREATORS

広江礼威先生ィ!おもしれじゃねーか畜生コノヤロウ!と、度重なる遅筆休載でなんとも言えぬ精神攻撃を受けてて、可愛さ余って憎さ百倍みたいなディスりたい気持ちがあるにも関わらず、それを真正面からぶっ飛ばすかのような爽快感のあるアニメでした。これでもかとバイアスかけてんのに面白さには勝てねーんだよなあ…。

内容的にも大満足で、あおきえい監督作品としても素晴らしいと思います。アルドノアのBD全巻購入したので正直これも買いたいのですが、金銭的に難があるので南無南無。

 

・番外編 上坂すみれのヤバイ○○

キングレコードの頭はどっかおかしいというよりバブルで脳みそ停止しとんのか、って思うくらいにひどい番組でしたが、これが中々どうしてハマります。企画段階からかなりイカれてたのは想像に難くないのですが、これが計算していたのかたまたまだったのか、上手いこと要素が噛み合って毎週笑える良い番組になっていました。おかげで面白かったのは確かなんですがなにが面白かったのかが理解不能です。まあこの理解不能さが面白さの要因なんでしょうが。

BSとはいえ全国放送で(一部は)豪華声優毎週使ってバラエティとは割りと思い切ったことをしたんじゃないのかと思いますが、色々と実験的には成功したと思います。といっても内容が正直いってまともな尺度で判断しきれる代物じゃないので今後参考にできるかどうかでは定かではありませんが、これを受けてまた別の方向で声優番組ができるといいなあ…と思うような番組でした。ありがとうすみぺ、本当にありがとう。次回作も期待しています。

 

 

こんなところでしょうか。書いた後に思ったんですがなんかあんまり見てませんね。気になるアニメはちょいちょいあったんですけど、結構スルーしてました。いつか機会があったら見れると良いな…。

Fateの声優界の広報は異常じゃないかと思った

まーたただのオタクがラジオやってるよ…みたいな番組多いですね。FGO生放送ではノッブだったり、カルデアラジオでは田中美海さんだったり、最近だとアポクリラジオの大久保瑠美さんだったりとなんだか20代とか30代のファンが多いように見受けられます。というか意図的にそういう声優を起用しているフシがあります。ていうかガーチャーしかいねえぞ。

ファンとして役者として多分半々ぐらいなので「あっコイツ嬉しさ余って暴走してるな…」と思うこともしばしばですが、実家のような安心感を持つのはFateシリーズ独特のラジオでとても良いと思います。といってもあくまで声優であってオタクではないので親近感が湧くのは程々にしなければなりませんが。(でも声優の方が勝手にオタク化してるんだよなあ…)

オタクがオタクに布教活動するのも結局のところそういうところがあり、同様のことは二次創作にも言えます。まあ所謂「俺たちで盛り上げていこうぜ!」的な感覚でしょうか。元々は内輪ネタで広まったものが継続し続け、そして拡大し続けてきた結果が独自の文化を築いているのかもしれません。二次創作がそもそもしやすい設定だったり土壌がそもそも同人だったりで、育つには条件が十分過ぎたってこともあるかもしれませんが。

まあ今となっては一大巨大コンテンツと化してしまったので、「どうやったら同人畑からこんなん育つんだ?」と言いたくなるの巨大樹ともなっています。そして今も樹を育てているのは前述した声優さんだったりで、ファンみたいな関係者です。

というかこうしてみると、Fateというモノの本質は意外と変わっていないんじゃないでしょうか。昔はファンが二次創作的に作品を盛り上げていったのが別の形態…つまりラジオだったりアニメだったりするわけで、結局のところ盛り上げてる当人たちはファンみたいな関係者…詰まるところファンで、あんまりやってることが最初と変わらないなということかもしれません。

「ファンと作り手が共にある作品」それこそがFateの最大の魅力であり、それはFGOで「100万人に届くFate」になっても衰えず変わらず…どころか指数関数的にでかくなっている気がしないでもありませんが、まあ根本的な魅力はあんまり変化がないということなのでしょう。

これが良いか悪いかはわかりませんが、コンテンツが面白い限りは見ていこうかと思います。とりあえず自分としては今後もFGOに期待を込めて1.5部アガルタの女に期待を込めて〆たいと思います。

 

アガルタやしオカルト要素多めで最近強化されたエレナの出番多いと良いなあ…。